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記紀編さん1300年 神話のふるさとみやざき 温故知新ものがたり ロゴ高千穂の下野八幡大神社 (しものはちまんだいじんじゃ)

高千穂の位置(アバウト) 鎮座地
宮崎県西臼杵郡高千穂町大字下野569
下野八幡大神社の地図 マップファン 
GPS N=32.44.29 E=131.18.38
駐車場は鳥居を過ぎた先(石段右側)にありました。


御祭神 ホンダワケ、タマヨリヒメノミコト、神功皇后を祀る
創建年代  建久3年(1192年)

下野八幡大神社社伝によると、八幡宮は、建久3年(1192年)、岩戸山裏村(今の上岩戸)二ツ嶽におまつりされていた、正八幡を大神惟元公がこの地に移し、*高千穂太郎政信公の時代に境内を整え社殿を建立したと記されています。

宝治3年(1249年)6月16日には政信公自らが参列し、大祭が行なわれました。 (現地案内板より 文 宮司 興梠称彦)

 *高千穂太郎関連ページ → 高千穂太郎の墓
  

下野八幡大神社 逆さ杉 有馬杉

写真説明:左奥に天然記念物のイチョウ、右がケヤキです。/鳥居の左手前にある巨樹が「逆さ杉」/石段の左右に阿吽(あ・うん)の像右手にある巨樹が「有馬杉」

逆さ杉 (幹周 777cm 樹高 38m)
寿永4年(1185)年の壇ノ浦の合戦に敗れた平家一族は椎葉山(椎葉村)に逃れ住みました。 源氏方の那須大八郎が平家追討のため椎葉へ行く途中で参拝、戦勝を祈願し杉の穂を逆さに挿したものが根付いたものと伝えられています。

有馬杉 (幹周 608cm 樹高 34m) (現地案内板より 文 宮司 興梠称彦)
島原の乱 寛永14〜15(1637〜38年)の際、延岡藩主有馬直純は江戸に居り取り急ぎ嫡子の有馬康純に出兵を命じます。
康純は寛永15年、(1638年)正月、兵をまとめて島原へと出陣しました。途中、八幡神社に立ちより、戦勝を祈願しました。
反乱を平定し延岡へ帰路についた直純・康純親子は、戦勝報告に再び参拝し太刀一振(無名・現存)を奉納しました。
また、戦勝記念に自ら手植えしたと伝えられており、後世村人達がいつも頃からか有馬杉と呼ぶようになりました。

左が天然記念物のイチョウ、右がケヤキです。鳥居の左手前にあるのが逆杉 石段右手にあるのが有馬杉
下野八幡大神社本殿 / 神社境内 / 神社全体と奥にケヤキ

下野八幡大神社本殿 神社境内神社全体と奥にケヤキ
 

下野八幡宮 下野のイチョウ


下野八幡宮石段の左側にある。雄株のイチョウで、昭和26年6月9日に国指定天然記念物となり、1992年「みやざきの巨樹100選」にも指定。宮崎県内では高岡町「去川のイチョウ」に次ぐ巨樹です。

説明文よると、このイチョウの木は、別当寺「鶏足寺」の寛信和尚が比叡山延暦寺鶏足院で修行された後、持ち帰り植樹されたといわれます。鶏足寺は宝治元年(1247年)に寛信和尚が開山された盲僧寺で、和尚は三田井氏の本城「向山中山城」で産まれたそうです。
石段をはさんでイチョウとスギ(有馬杉)下野のイチョウ下野のイチョウ

文献 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 文献
樹高(m) 36.4 36.4 34 34 27 【1】高千穂町「高千穂町史」1973年
【2】樋田豊宏「イチョウ」サイイン出版(自費出版)1991年より 「宮崎県百科事典」の引用。 
【3】樋田豊宏「イチョウ」サイイン出版(自費出版)1991年より 岡山県自然愛護協会三宅一喜氏の所見。
【4】環境庁「第4回自然環境基礎調査巨樹 巨木調査報告書 九州沖縄版」1991年
【5】池田隆範「みやざき巨樹の道(1)県北の巻」鉱脈社 2001年
*地上1.8mのところから北に向かって直立した1枝があり、主幹は地上5mのところから10本内外の枝に分かれていて形状がパラシュート形に上に広がっている。
南側の低い枝が枯れている以外は繁茂し、樹勢はきわめて旺盛である。
根回(m) 8.5 9.2 11.47 9.6 9.5
目通幹囲 8.5 9.2 9.5 - -
枝張東西 - 34 29 - -
枝張南北 - 23 28 - -
株立(本) - 10 - - -
枝下高(m) - 5 - - -
樹勢 旺盛 - - -
樹齢(年) - - 800 800 800

実はこのイチョウ、神社側からは全体像を撮影しにくい位置にありまして、今回は部分的な写真のみを掲載しました。

下野八幡宮  下野のケヤキ 


下野八幡宮拝殿右側にある。昭和26年6月9日に国指定天然記念物となり、
1992年「みやざきの巨樹100選」にも指定されている。
丁度鮮やかな黄色をしている頃の撮影でして、遠くから見るとこれがイチョウかと思っておりました。

下野八幡大神社のケヤキ下野八幡大神社のケヤキ下野八幡大神社のケヤキ


文献 【1】 【2】 【3】 【4】 下野八幡大神社のケヤキ       文献

【1】高千穂町「高千穂町史」1973年
【2】樋田豊宏「イチョウ」サイイン出版(自費出版)1991年より
岡山県自然愛護協会三宅一喜氏の所見。 
【3】環境庁「第4回自然環境基礎調査巨樹 巨木調査報告書
九州沖縄版」1991年
【4】池田隆範「みやざき巨樹の道(1)県北の巻」鉱脈社 2001年
樹高(m) 20.6 39.5 40 30
根回(m) 20.6 14.02 8.5 9.56
目通幹囲 8.3 7.51 - -
枝張東西 - 26.54 - -
枝張南北 - 36.1 - -
株立(本) - 3 - -
枝下高(m) - 4.6 - -
樹齢(年) - - - 800


* イチョウ・ケヤキの樹高等の表は、現地案内板を参考の上、記載しました。 巨樹ファンは必見の神社です。
(参考)宮崎県の巨樹の定義

宮崎県は県内の巨樹・古木・群落の分布状況、生育の状態及び生育環境の実態を調査し、その結果を1992年に発表した。 その調査に当たって「巨樹」の定義を、幹周りを基準とする大きな木、および樹齢を基準とする古い木の総称とし、その基準を次のように規定している。

〔1〕地上からの高さ1.2mの幹周りがおおむね3m以上で、由緒ある樹木。
〔2〕地上からの高さ1.2m未満で幹が分岐するものは、最も大きな幹の地上からの高さ1.2mの幹周りがおおむね2m以上で、他の幹周りとの合計がおおむね3m以上で、由緒ある樹木。
〔3〕推定樹齢が100年を経ているもので、由緒ある樹木または珍しい樹木。

    
道中、道幅が狭いところもあります。運転には十分注意してください。

高千穂 下野八幡大神社(しものはちまんじんじゃ)




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