えびの市 西川北鎮座 菅原神社「牛越祭」
宮崎県指定 無形民俗文化財 (平成4年3月21日指定)
牛越祭について
牛越祭は毎年7月28日(旧6月28日)宮崎県えびの市の
西川北菅原神社で行われ、高さ50cm長さ4m程の丸太棒を牛に飛び越え厄を払う400年以上の伝統をある祭りです。
西川北菅原神社の祭神の菅原道真の末裔にあたる
菅原道正公が牛を愛し、その繁栄を図るため、菅原神社の南方に保食(うけもち)神社と大日堂を安置して以来、この祭が起こったと伝えられています。
明治元年、廃仏毀釈の際、保食神社や大日堂も整理され、この祭りも同時に途絶えましたが、明治7年に牛馬の伝染病が流行し、神社の再建を願い出て、保食神を豊受神社として再建し牛越の行事も復活しました。
江戸時代には現在の鹿児島や熊本から
700頭以上が集まり道の両端に繋がれた牛は1Kmにも及んだと言われます。
牛越祭は畜産業の繁栄や無病息災を願う
全国的もめずらしい祭りです。
詩人 野口雨情はこの牛越祭を見物し、こう詠んでいる。 (*西川北菅原神社は威徳天神とも称される。)
威徳天神、祭りの牛も、化粧して、いそいそと
菅原神社
ご祭神は菅原道真公
建造物 菅原神社本殿 えびの市指定 昭和45年2月20日
万治元年(1658)の火災により由緒記も焼失した為、創建年代はに定かではない。
現在の本殿は寛文5年(1665)4月14日に再興されたもの。
本殿は三間社流造社殿で、この造りとしては
宮崎県下でも3番目に古く、当時の神社建築を伝える貴重な建造物です。
菅原神社の由来は、当時この地(馬関田郷)が太宰府天満宮の別当寺安楽寺の所領で菅原道真の末裔の道正が京都北野天神より分霊し、当地に御神体を護り下り創建したのが始まりといわれています。
また、威徳天神と称し、京都の北の天満宮、福岡の太宰府天満宮と並んで、
日本三大天満宮の一つです。
末社としては若宮神社、豊受神社があり豊受神社の牛越祭は有名です。
えびの市教育委員会作成案内板を基本に一部加筆記載
*菅原神社はえびの市内に他にもある為、“西川北菅原神社”と書かれる事も少なくないようです。
西川北菅原神社 交通アクセス・地図等の情報
鎮座地:
〒889-4165 宮崎県えびの市西川北
地図:
GoogleMap
JR吉都線 京町温泉〜
九州自動車道 国道268号線〜
水流(つる)菅原神社にも参拝されると良いかと思います。
田んぼの中の大鳥居は必見です。
牛越祭(牛越え祭り)の写真
[画像はクリックすると新しいウインドウで1280pixに拡大します。]
(背景に写りこんだ方は後加工でボカシを入れております。写真としては不自然な部分があります。)
西川北菅原神社
周辺の市道や、鳥居から菅原神社までの参道周辺には奉納された幟が立ち並び、祭りの雰囲気を盛り上げておりました。鳥居をくぐり、200m程歩きますが、道中「
田の神さあ」もありました。
菅原神社本殿は寛文5年(1665)に再興されたものとの事、派手さはありませんが、建物としても貴重な存在です。
←拝殿、本殿 右は摂社の豊受神社。
豊受神社前には牛の像等もありました。
牛越祭 神事
いよいよ牛越祭のはじまり、一同、神事。 その後、牛が入り、祈願。
牛は「カンコビ」と呼ばれる色鮮やかな飾りを頭に付け、赤布の腹巻、腹帯、神事では背に無病息災を願ってお守りの札が入れられます。
牛越i はじまり はじまり
いよいよ牛越えの始まりです。
内容を説明すると、手綱を引く引き手(牛越え?)と追い手(牛追い?)二人で牛を誘導し牛が丸太を跳び越えるというものです。
引き手は丸太の上を越えるか、もしくは下の写真のように迂回して牛だけ越えさせるというパターンがあるようです。
追い手は榊・柴(?)の枝で牛のおしりを“ペンペン”して追います。
牛越えの中には、ベテランらしき女性の方もいらっしゃいました。(下写真)
ページ下部リンクにある動画にもこの方が写ってらっしゃいます。
結構 見てて スリリング
勢いあまって、引き手が越える際に転倒、こんなシーンも!
おとなしそうな子牛ではありますが、こういうシーンではこちらに来そうで、見ている方もかなりスリリングです。
ズームレンズを引きながら撮影したところ、結構いい感じの臨場感。(左写真)
慣れていないと、目の前で、こういうシーンは結構怖いものが・・(^^:)
会場には上記のような、告知貼紙がありました。
“
連絡 牛の行動は予測できません
安全は自己責任でお願いします/牛越祭保存会長”
実況進行される方も、今日は少々気が荒い牛もいるようで。なーーんておっしゃるものだから・・益々。
この実況の方、なかなかお話がうまく、場を盛り上げておりました。
モーーー どうにでもして〜
中には、なかなか飛び越えられない牛も・・無理やり抱え込んで越えさせると、「
モーーーどうにでもして〜」・・と、ふて?イジケ?寝ちゃう牛もいて、一同の笑いを誘っておりました。
跳びます 跳びます (写真はいまひとつ)
どうもこの祭りの写真を撮る方は右横から撮影する方が多いようで、丸太の右側にはカメラを構えた方がたくさんおりました。
そういえば、牛越祭の写真は殆どと言って良いほど、この右側から撮られたもが主流ですね。
牛の跳ぶ姿、背景に神社をいれようとすると必然的に右側になるのでしょうかね。
晴れの日は日光の関係もあるのも知れません。
あいにくの雨の混じるような曇り、思った以上に暗く、ISO感度400で撮りましたが、遠景まで写したく絞りすぎたか、シャッタースピードが稼げ無く、結果、肝心の牛越え、跳ぶシーンは全滅でした。(フラッシュは牛を刺激しそうなので使いませんでした。)
今回、一番の跳躍は、このホルスタインくんでアンコールで何度も跳んでおりました。
個人的には400年の伝統ある祭り、ホルスタインに負けるな、黒毛和牛がんばれ!って感じでしたが(^^;)。
翌朝の新聞、宮日も南日本もこのホルスタインの写真でした。
伝統ある祭りにつき、個人的には“身体能力”よりは伝統を重んじ黒毛の方をを載せてほしかったです。
みやざき花の女王も牛越に挑戦
この祭りは、今年から宮崎県が各市町村の一押しの祭りをPRし、交流促進につなげる“
一村一祭(いっそんいちまつり)”にえびのを代表する祭りとして選定されております。
県からも助成金が出るようで、今回法被を新調した旨、説明されておりました。
今年は、みやざき花の女王もお一方いらしており、祭りに“華”を添えておりました。 さて・・ 牛越えの結果は・・・。
一仕事終えて お疲れ様でした。
カメラ目線、ポーズありがとう(~~)
牛越の後も抽選会や仮設ステージでいろいろな催しがあったようですが、当方は所要ががあり現地を後に。
牛越祭の写真レポートはここまでです。
こういった伝統ある祭り、いつまでも続けていってほしいものです。
その後、土曜が重なった年に撮影した写真をブログの方に記載しておりますのでこちらもご覧下さい。
大勢の観客で賑わっておりました。
➡ 別の年に撮影した牛越祭の写真
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