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神石 (しんせき 或いは かみいし) / 東霧島(つまきりしま)神社にて 

宮崎県ロゴ 記紀編さん1300年 神話のふるさと みやざき 温故知新ものがたり東霧島神社には、大きな刃物で切られたかのように、見事に切られた神石と呼ばれる石があります。 (以下は、説明板より)

イザナギノミコトが剣で三段に切ったと言われる 神石

「天地が開け、万物が成長し初めた神代の昔。天地創造の神である、イザナギの尊、イザナミの尊が誕生されました。
夫婦となられた二人の神様は国土・山川草木に至る私たちの生活に必要な種々のものを生成なされました。
あらゆるものを生み成していく中で、私たちの生活に最も大切な「火の神」をお生みになられたことにより、妻イザナミの尊はこの世を去られたのであります。
夫の神、イザナギの尊はまだまだこの世に残さねばならないことがたくさんあります。
愛しい妻よ、今一度我がもとに帰ってくれよと嘆き、悲しめども亡き人は帰る術もありません。
その愛しい妻イザナミの尊を恋い慕う悲しみの涙で凝り固まったのが、「神石」(神裂石・魔石・雷神石・割裂神石)であるといいます。
そして、夫イザナギの尊が腰に付けていた「十握の剣(とつかのつるぎ)で悲しみの涙で凝り固まった石を今後再びこのような災難に世人が遭わないように‥‥と、深き祈りの心を込めて三段に切ったといいます。
「十握の剣」ほ当神社の神宝であり、厄除け・魔除けの神となり御社殿に鎮め納めております。 (写真拡大
神社にある上記神石の説明文は、以前は、古事記を元に書いたものだったと記憶しております。
私の勝手な想像ですが・・・「神話」なのですが、一部を抜き出し、ストレートに書くと、過激とも取れる表現もありますので、その辺りを配慮し、文言を変えたのかも知れません。





東霧島神社は、霧島六社権現の一つです。
古事記編さん1300年の節目である今年(平成24年)、以前から興味のあった、霧島六社権現に関係する神社を、再び見てまわっております。

春の例大祭(浜下り)のある、春分の日から10日程経った、ある日の早朝、私は神石の前におりました。
歴史を感じる神社の朝は、恐ろしいまでに荘厳であり、また、癒されます。
やがて、東より、神社の境内へと、太陽の光が入って来きます。光は境内に入ると、ゆっくりとのびて行き、神石前の神鳥居を抜け、やがて神石へと・ ・ 思わず声が・ 「おお〜!」

鳥居の方角、位置など、これらを意図した配置としているのかも知れませんが、何の前知識もない自分の目の前で起きたその出来事は、感動ものでした。

平成25年3月 写真3枚追加


東霧島神社 平成25年3月撮影 01 



東霧島神社 神石 平成25年3月撮影 02




東霧島神社 神石 平成25年3月撮影 03


平成25年3月追加写真 ここまで








神石 東霧島神社 03神石 東霧島神社 04

神石 東霧島神社 05神石 東霧島神社 06


故有谷(ゆやだに)の涙雨(なみだあめ)

「神石」のある谷を故有谷といいます。涙雨というのは「神石」(神裂石・魔石・雷神石・割裂神石)に一滴の水を注ぐと、必ず神雨降り注ぐという 昔から旱魃(かんばっ)の年には社僧に願って、この神石に雨乞いをして五穀豊穣を続けてきたのであります。
明治初年、三島地頭(みしまぢとう)が母智丘神社を建立した時、この「神石」を人夫を以て五十市の方へ運ぼうとしたところ、一天俄(いってんにわ)かに曇って激しい雷雨が轟き、数ヶ所に落雷し、死者さえも出たので、皆ちりぢりに逃げ帰ったといいます。依って、この石を‥雷神石ともいいます。 (神社で頂いた資料より)

故有谷


宮崎日日新聞、カメラ紀行、ひむか神話街道 記事 ・・・ 神石(しんせき)

2012年5月21日付、宮崎日日新聞、「カメラ紀行、ひむか神話街道」 記事によると、神石のある、故有谷の四角い池の大きさは縦8m横7m、神石は地上高約150cm、4分割すべてをあわせると外周10mはあったであろうとの旨、書かれておりました。
ところで、この記事、大見出し、及び 本文で神石に(しんせき)とふり仮名がしてありました。また、地図の部分では神石(かみいし)と表記されており、どちらが正しいのだろうと素朴な疑問が・・。
宮崎県のひむか神話街道50の物語集 伝承地≠ネどでは(かみいし)表記ですし、今まで、東霧島神社の神石に関して(しんせき)という読みは見たことがありませんでした。 
同じ記事中に(しんせき・かみいし)二種併用するという事は、どちらの説もあり正しい、どちらとも決めがたし・・という事なのでしょうか。


みやざきの神話と伝承101では・・・

みやざきの神話と伝承101 「十握剣」と神石(永井哲雄著) によると

3つのうち1つは、宮崎郡大島平原村(現在の宮崎市波島)に飛んでいった。昔、ある人が東霧島の神石の切り断面を紙に写し、合わせてみたところ曲がり具合までぴったり合ったという。

 こちらのページに写真がありあました。→ 宮崎市にある霧島神社(東大宮地域まちづくり推進委員会)

享保7(1722)年、常陸国(茨城県)の浄観という行者が語ったところによると出雲国(島根県)に奇石があり、土地の人は昔薩摩藩の霧島山から飛んできた石と伝えている。大石を2つに切り裂いた一片の形をしているという。
 とあります。

 2つの神石は、江戸時代の記録で、1つが地面上に縦270センチ、横285センチ、厚さ6〜40cm、もう1つが約250cm四方≠ニあります。 




母智丘神社の 割裂神石

都城市母智丘(もちお)にある、母智丘神社には、高さ1.2m幅2.0mで割裂いたようになっている「割裂神石」(写真)があり、、案内板には、東霧島神社(つまきりしま神社)にある割裂神石の一部であると言われている・・と、書かれておりました。


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三国名勝図会(さんごくめいしょうずえ)は薩摩藩により、江戸時代後期、天保14年(1843年)にまとめられたものです。
神社・寺など、当時の様子がうかがえます。









東霧島神社神石の写真



鬼岩階段の写真もあわせてご覧下さい。

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霧島六社権現

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