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鬼八の力石 (別名、鬼の力石)

▶ in 高千穂峡 posted 2011.06.24 Friday / 18:18



今日は、高千穂峡にある大きな石「鬼八(きはち)の力石」のお話を・・、

鬼八の力石 アップ
[高千穂峡・鬼八の力石]

高千穂神社の祭神である、 三毛入野命(みけぬのみこと)は弟の神武天皇とともに大和に向われますが、伝説では再び高千穂へお帰りになり、高千穂郷一帯で悪行をはたらいていた鬼八を退治し、この一帯を治めたといわれております。
鬼八の大石は、この時、鬼八が三毛入野命に投げ、力自慢をしたという石といわれております。

鬼八の力石の重さは約200トンt、凝灰岩の巨石です。

巨大なしめ縄

鬼八の力石には、巨大な“しめ縄”が飾り付けられております、これは、毎年、暮れに新しく掛けかえられており、高千穂の歳末行事となっております。

しめ縄の大きさは、年により若干の違いはあるようすが、平成23年、今現在のものは、全長5・7メートル、太さ最大55センチ、重さ約20キロとのことです。

上の写真は、失敗作です。 石以外に人間など、比較対比できるようなものをフレームに入れこまないと、その大きさを伝える事が出来ませんね。
 




鬼八の力石
[高千穂峡 遊歩道と鬼八の力石]


写真を拡大してご覧下さい。右にある大きな石が鬼八の力石です。

鬼八の力石

よく見ると、遊歩道沿いに不自然に規則正しく積まれた新しげな四角い石は、前回のエントリーで書きましたが、数年前、上部にある、町道付近から、崖崩れで落ちて来た柱状節理の石を積み重ねて置いたものと思われます。
一枚目の写真は過去に撮影たもので、手前に何もありませんが、現在このアングルで遊歩道から写真を撮ろうとすると、残念ながら、手前にこの積み重ねられた石が入ってしまいます。

地図 鬼八
地図全体は 高千穂峡周辺ガイドマップを参照願います。

神武天皇の兄、三毛入野命(ミケヌノミコト)の留守中にこの地方を支配していた鬼八荒神と命の間で激しい戦いが繰り拡げられました。
鬼八荒神は命に退治されましたが再び生き返り、抵抗して暴威をふるった為、、命は神体を三つに切って三箇所にわけて埋めたとされており、今でも鬼八が埋葬されたとされる「首塚」「手足塚」「胴塚」が残っています。

鬼八 モニュメント
[町の道路沿いにある神話のモニュメントを撮影したもの]


荒振る神鬼八は霜宮といい、寒霜を司ったので、今では農耕や、厄除けの神として尊敬され日向、肥後地方の里人の信仰を集めているとの事です。

高千穂神社 本殿回廊の彫刻
[高千穂神社回廊の彫刻]

高千穂神社の主祭神の一柱である三毛入野命(ミケヌノミコト)が鬼八を退治する彫刻像を、神社本殿回廊の東側に見ることがでます。

高千穂には、鬼八にまつわる話が多く残されておりますし、阿蘇地方にも似た話があります。

哲学者の梅原猛氏は、宮崎県発行の冊子「Jaja」のインタビュー記事の中で、こうコメントされております。

“たとえば神武天皇の兄のミケヌノミコトは記紀神話では「常世の国へ行った」ことになっていますが、高千穂では地元に帰り、鬼八という怪物、たぶん土着の勢力なのでしょうが、これを退治することになっている。
阿蘇にも同様の伝承があります。こうした事柄を見ていくと、記紀神話が単なるフィクションであるはずない。むしろほぼ事実といえるようなことが、古代の日向で起こったに違いないと確信しています。”

当サイト内 関連ページ → 鬼八塚

しめ縄で思い出しましたが、高千穂の町を歩くと、玄関にしめ縄が飾ってる家を多く見かけると思います。

注連(しめ)

高千穂は一年間玄関にしめ縄を飾ってる家が多いです。
神様と一緒に暮らしている、町なんだなぁ〜とあらためて思います。
 




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